【夢旅 021】 花時雨の散歩道

 

 

 

右岸も左岸も花ざかり

桜ヶ丘、さくら通り、サクラ公園、お花見広場…。
ボクが暮らしている街には桜にちなんだ場所がたくさんあるんだ。もちろん、そこにはちゃんと桜の木があって、まさに今、桜の花が咲く季節になると街のあちこちがお花見スポットになって、どこからともなくわらわらと人が集まってくる。
ヒマを持て余していたボクは(基本的に毎日ヒマを持て余している)小さな川沿いの桜並木に行ってみた。天気はあんまりよくない。先週のように花の向こうには青空、ヌケ感たっぷりの正統派春模様って感じじゃなくて、白っぽい雲がペタンと広がった低い空。今にも降り出しそうな感じ。でも、桜の花みたいに淡い色の花って、きょうみたいな曇りの日に下から見上げると、花が背景に溶け込んで、ポワンとした優しい輪郭になるなぁ。

お花見をしながら川沿いの遊歩道を歩いていたら「ぽんずさんが歩いてるのって川の右岸? それとも左岸?」という声がいきなり上から降ってきた。って、ホーリー、いつの間についてきたんだ。気配も足音も消してくるとは、あんたさては忍びだな。伊賀の者か、それとも甲賀か。
しかも、桜とはなんも関係ないクイズってなんなの。でもまぁ、答えてやるから近う寄れ、って、さっきからエライ近う寄ってるやん。

で、ボクが歩いているのは左岸だよ。もちろん正解。
これね、意外と勘違いしてる人多いんだよね。川の上流から下流を見て右側が「右岸」、左側が「左岸」なんだ。自分がどっちに立ってどっち向いてるかを基準にしちゃってる人は、他人の話を聞かない身勝手な性格なのかもしれないよ。(笑)

猫目線で桜を見ていると、思いのほか低いところに花が咲いてたりするんだよね。ボクが立ち上がって爪とぎをするのにちょうどいい高さのところに数輪咲いてたりする。これがなんとも健気でカワイイんだなぁ。
でも、枝に咲くんじゃなくて幹からダイレクトに咲いてるってことは、もしかしたらめちゃくちゃ図太い戦略家なのかもしれない。夕方のスーパーで割引シールが貼られる瞬間を狙って店内をウロウロするおばちゃん。でも、2割引のシールには反応しない。半額のシールが重ねて貼られるのを虎視眈々と狙ってる猛禽類のようなおばちゃん、的な。

「そういえば、桜の花びらって何枚か知ってる?」と、またしても上からクイズ。今度は桜に関するお題。よござんしょ、お答えしましょ。桜はバラ科の植物だから、花びらは5枚に決まってるじゃん。ウメもモモも、ヤマブキも花びらは5枚だからね。
すると、ウフフ、とホーリー。不敵な笑みだ。でも、なんとなくグーグル先生の気配がする。てか、ぜったいグーグル先生だと思う。

彼曰く、確かに桜はバラ科に属するから一重咲きの花は花びらが5枚。だけど、半八重咲きの花だと6枚から10枚、八重咲きの場合は10枚以上、菊咲きともなると100枚以上になるんだそうだ。金沢の兼六園にある「兼六園菊桜」ともなると300枚以上の花びらをつけるっていうからビックリ。花占いをやったらどんだけ時間かかるんだろう。スキキライスキキライスキキライス……って、「スキキライス」ってどんなご飯だよ!

なにはともあれ、これはグーグル先生の教えだと確信した。

川の左岸(もう分かるよね)を上流に向かってテクテク歩く。前方には散歩する犬。くるりと丸まったしっぽ、まるっとしてぷるんぷるんなお尻、あれはまさしく柴犬の後ろ姿だ。猫のボクがいうのもなんだけど、柴犬のお尻ってめっちゃキュート。歩くたびに小気味よく揺れるお尻を見
ると、ついつい触りたくなっちゃう。後ろからそっと近づいて追い越しぎわにペロッとお尻を、って、おいおい、これってただの痴漢じゃん。猫と柴犬の話だけど。

ところで、桜の花びらっていうのは、咲いてるときはもちろんキレイなんだけど、散った花びらもいいよね。「桜吹雪」とか「花吹雪」なんていうけど、同じ吹雪でも雪と違って花びらは痛くも寒くもないし風情があるから好きだなぁ。なんて感傷に浸ってたら鼻先にポツリと何かが当たった。雨だ。ああ、やっぱり降り出しちゃった。
当然ながら、ボクは雨が大の苦手。濡れるのはまっぴらごめんなので、小さな橋を渡って反対側の右岸(当然分かってるよね)を歩いて家路を急いだ。

ラッキーなことにほとんど濡れずに家に帰り着いたんだけど、玄関の前に隣家の猫のコハさんがドデンと座ってた。彼は会うなり「もうすぐジャンジャン降るぜ。でも、長くは降らない。花時雨だからな。」と、気象予報士のようなことをつぶやいて帰っていった。あんたはヨシズミか。
それにしても、花時雨ってなんだろう?
で、こんなときもグーグル先生の出番だ。もちろん、ホーリーに調べさせる。
すると、「花時雨」っていうのは、この時期に降ったり止んだりする雨のことなんだって。時雨って、本来は秋から冬にかけて一時的に降ったり止んだりする雨のことをいうんだけど、桜の花が咲く頃にも雨が同じように降ったり止んだりすることから「花時雨」っていうようになったんだって。コハさん、ずいぶん風情のある言葉を知ってるんだなぁ。

おお、雨がジャンジャン降ってきた。コハさんのいう通りだ。でも、きっとすぐに止むんだよ、この雨は。だって、花時雨(はなしぐれ)だからね。