[動物博士の生きものがたり]「哺乳類の食事事典」紹介
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今回は、拙著「哺乳類の食事事典」の紹介です。
私たち人間は実に多くの種類のものを食べています。肉や魚、貝やエビやカニ、鶏卵、魚卵、穀類、根菜、葉物野菜、フルーツ、木の実、キノコ、海藻、昆虫、軟体動物、ナマコ、ウニなど。さらに、コーヒーやお茶、お酒を飲んだり、さらにケーキやソフトクリームなどのデザートを作ったり。そのメニューの多さは、他の哺乳類と比べても格段に多いのです。
では、他の哺乳類は何を食べているのでしょうか? 肉食の動物も、植物食の動物も、雑食の動物もいます。食物のメニューがとても少ない動物もいれば、さまざまな食物を食べる動物もいます。それはなぜでしょうか? なぜこのように食べるものが異なるのでしょうか?
何を、どれだけ食べるかということには、理由があるのです。私たちにも食物を選ぶ理由があります。少々栄養が偏ってもお腹いっぱいになりたい時、病後などできちんとバランス良く栄養を摂らなくてはいけない時、ちょっと甘いものを食べたりお酒を飲んだりしてリフレッシュしたい時など。動物たちがこれらと同じ理由で食物選択をしているわけではありませんが、動物たちも理由があって食物を選んでいるのです。
動物が何を食べているかを見ると、さまざまなことが見えてきます。生態系の中で最も重要な要素の一つである「動物の相互関係」です。動物の食物は、生き物です。つまり食べることの裏には食べられることがあり、食べることは食べられることと一体なのです。このような「食べる・食べられる」関係は、食物連鎖といわれますが、実際には、この「食物連鎖」は単純な鎖ではなく、複雑に入り組んだ「食物網」となっていて、生き物の相互の関係を示しています。これは生態系のもっとも基本的で重要な仕組みなのです。
そして、食べる・食べられる関係は、それぞれの動物の形や行動の進化にも深く関わっているのです。肉食動物は獲物を捕らえるために、草食動物は逃げるために、さまざまな体の形と行動を獲得してきました。それができなかった動物は滅んでいったのです。食べることと食べられないようにすることの攻防が、生物の多様な形と行動を生み出してきたのです。また、自分はより良く食べ、そして他の動物に食べられないようにすることが生きることだとも言えるでしょう。
肉食動物は、栄養価の高い肉を食べるのでとても良い食生活のように思えますが、生きた動物を捕まえるのは至難の業です。狩りに失敗すればエネルギーを消耗し、時には反撃にあって怪我をすることもあるでしょう。それに比べると、植物食の動物はいつでも食料である植物が手に入るので良さそうです。ところが、哺乳類は植物の主要な成分であるセルロースを消化することができません。何らかの工夫をしないと充分な栄養を摂ることができません。しかも、植物は動物に食べられないように毒や棘などの対抗戦略を持っています。さまざまなものを食べる雑食動物はメニューが豊富で良いのですが、何かの食物に特化した効率的な食物の取り方や消化の方法を身につけてはいません。ということで、日本の哺乳類の食物メニューや食べ方など、哺乳類の「食」を紹介する本を書かせていただきました。
「哺乳類は、それぞれが環境に合わせた食べ方を持ち、ほかの生きものや人間の暮らしともつながっています。この本では、日本の哺乳類の食卓をのぞき込み、肉食・草食・雑食という分類だけでは見えない工夫や戦略を紹介します。四季の豊かな恵みの利用、狩りの方法の違いや消化の工夫、食べられる植物側の防御と動物の利用、貯食や脂肪蓄積といった厳しい冬を生き延びる知恵、さらには生態系や農業との関係まで――「食べる」という日常的な行為が、実は大きな物語につながっています。
哺乳類がなにを食べ、どう生きているのか。その視点を持つだけで、野山や街の風景が少し違って見えるはずです。さあ、哺乳類の食の世界へ出かけましょう。」(「哺乳類の食事事典」の「はじめに」より)
哺乳類の食事事典 南正人・福江佑子・永井碧海著 山と渓谷社 2090円(税込)



南 正人:理学博士。麻布大学特命教授。軽井沢で15年間自然ガイド業を行った後、麻布大学で13年間教鞭をとる。宮城県の離島・金華山でシカの研究を35年間続けている。
「森から海へ」評議員、NPO法人生物多様性研究所あーすわーむ代表理事。