[動物博士の生きものがたり] 動物と植物の闘い③
共有
哺乳類の一部は、食料として植物を利用しています。その典型はウシやシカなどの草食
獣です。彼らは、完全に植物に依存して生きています。しかし、自分の力では植物の葉に
あるセルロースを分解できません。どうするかというと、胃の中で飼っている細菌などの
微生物でセルロースを分解します。口で噛み砕いた植物を胃に送り、それらの微生物と混
ぜ合わせます。また、いったん胃に入れた植物を吐き戻して、口の中でさらに細かくして
微生物と混ぜ合わせます。こうして、セルロースを微生物に分解してもらうわけです。
草食獣は分解してもらったものを吸収して栄養とするだけでなく、そうやって増えた微
生物も食べてしまいます。微生物は貴重な動物タンパクです。つまり、草食獣は胃の中で
牧畜をしているのです。

しかし、植物も一方的に食べられているわけではありません。イネ科植物の葉の中には
ケイ酸というガラスのような硬い物質が含まれていて、噛めば噛むほど、草食獣の歯は削
られていきます。草食獣は、歯が最後まで削られてしまったら、植物を細かくすることが
できず、栄養を取れなくなって死んでしまいます。つまり、イネ科植物は食べられながら
も反撃しているわけです。
私たち人間も、植物を利用しています。ワインに含まれて心地よい苦みを感じさせるタ
ンニンや、お茶に含まれるカテキンは、植物が自分を攻撃する細菌や動物から身を守るた
めに作り出した物質です。人間はこうした物質を拝借して、細菌などから身を守っている
のです。
また、私たちが使っている薬の中にも、植物や微生物などの天然資源を利用したものが
あります。ペニシリンやストレプトマイシンなどの抗生物質は、カビや細菌が他の菌の増
殖を抑えるために作った物質です。私たちはいわば、生物間の競争や闘いのために作られ
た物質を利用しているわけです。そして、こうした物質は、生態系の中にまだまだあるは
ずです。生態系を守る理由の一つは、未知の有用な物質を守ることにもあるのです。
<一般社団法人倫理研究所「職場の教養」誌に「野生の教養」というタイトルで掲載され
た文章を加筆・修正し、写真をつけました。>
南 正人:理学博士。麻布大学特命教授。軽井沢で15年間自然ガイド業を行った後、麻布
大学で13年間教鞭を取った。宮城県の離島・金華山でシカの研究を35年間続けている。
「森から海へ」評議員、NPO法人あーすわーむ代表理事。