美味しいイノシシの秘密
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3月のある日、神奈川県のハンターが獲ったとシカ肉とイノシシ肉を食べました。ハンターお勧めのしゃぶしゃぶです(写真の白い脂の肉がイノシシ肉、赤身がシカ肉)。イノシシ肉は脂で真っ白で、シカ肉は赤い肉でタンパク質が多いためにしっかりした肉の味なのですが、イノシシはこの脂が甘くてとても美味しいのです。

野生の獣の肉であるジビエの肉の質は、さまざまな要因で決まります。その個体の年齢や性別で肉の柔らかさや脂ののりが異なります。季節によっても脂ののり方は異なります。また、発情しているオスは強い臭気があります。捕獲する際にストレスを与えると、ストレスに関係するホルモンが分泌されて、肉の味を落とすといわれています。そして、非常に重要なのは、捕獲した後の処理です。死後できるだけ早い段階で充分に血抜きをすることで、生臭い匂いを防ぎ、味を落とさずに加工することができます。もちろん、内臓を傷つけないように、取り出してしまうことも重要です。内臓を傷つけてしまうと、衛生的にも良くないですが、肉に嫌な匂いをつけてしまうことになります。このような処理を素早く的確に行なった獣肉は美味しく食べることができます。もちろんイノシシも例外ではありません。

山梨で長くイノシシを獲っているハンターの話では、イノシシは年によって味がかなり異なるというのです。猟期の始まる冬にイノシシを数頭獲ってみて、その年の味をみるのだそうです。ドングリの豊作の秋を過ごした冬のイノシシは美味しいけれど、ドングリの不作の秋を過ごしたイノシシは不味いというのです。イノシシはドングリの不作の年には、サワガニなどを探して食べているので「生臭い」とのことでした。たしかに、イベリコ豚にドングリを与えて育てたベジョータ(スペイン語でドングリの意味)と呼ばれる豚はとても美味しいと評判ですから、頷ける話ではあります。そこで、少し調べてみると、イノシシの肉質は、脂肪酸組成に大きく依存し、オレイン酸が多い場合には、脂肪の融点が低く口溶けが良くなり、甘味やコクが強く感じられるそうです。ドングリにはオレイン酸が少し多めに含まれているそうですが、それが肉質に反映するのでしょう。

もう一つ興味深いことがあります。ドングリを食べていたイノシシは美味しいけれど、サワガニを食べていたイノシシは味が落ちることを書きました。実は、このことは、イノシシがなんでも食べる雑食性であることにも関係しますが、イノシシが反芻をしないこととも関係するのです。ウシやシカ、ヒツジやヤギは、反芻をする動物です。彼らは、イノシシよりも草食性が強い動物で、4つに分かれた胃で微生物の助けを借りて草を消化しています。おびただしい種類の、そして大量の微生物によって、哺乳類には分解できないセルロースを分解して栄養として取り出すのです。ですから、食べた植物が異なっていても、これらの微生物によって栄養を取り出すことができるのです。たぶん、それぞれの植物によって異なった微生物が増えながら、分解するものと思われます。そうすると、食べた食物の種類が肉質に直接影響することが少ないのです。しかし、イノシシは反芻をしませんから、食べたものが肉質に影響しやすく、食物の脂質組成が体脂肪にそのまま反映されやすいのです。ドングリを食べていたか、サワガニなどを食べていたか、それによって肉質に影響が出るものと思われます。
ドングリの実をつける広葉樹は豊かな森の象徴でもあります。森の恵みとしてイノシシの命をいただく時は、豊かな森にも思いを馳せながら、いただきたいと思います。
南 正人:理学博士。麻布大学特命教授。軽井沢で15年間自然ガイド業を行った後、麻布大学で13年間教鞭をとる。宮城県の離島・金華山でシカの研究を35年間続けている。
「森から海へ」評議員、NPO法人生物多様性研究所あーすわーむ代表理事。