[動物博士の生きものがたり] 音の窓
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南 正人 著
春になり、小鳥たちの囀りがよく聞かれる季節となりました。鳥によっては、小さな身
体に見合わない大きな声で鳴いています。私たちも、運動会やスポーツ観戦などでいつも
より大きな声を出して、すっかり疲れてしまった方もおられるでしょう。大きな声を出し
続けるのは、案外、体力のいることです。
繁殖期、小鳥たちは小さな体に比べて大きな声を出し続けています。オスは、なわばり
を宣言したり、メスに選ばれるために、必死になって歌うのです。しかし、他の音に邪魔
されて、鳴き声が届かなかったら、「骨折り損のくたびれ儲け」です。そこで、鳥たちは
、鳴くために使う体力が無駄にならないように、うるさいセミたちに邪魔されないように
、セミが鳴かない早朝に鳴いています。
さらに、鳥たちは「音の窓」を使っていると言われています。木の葉は音を反射したり
減衰させたりします。それぞれの森には、構成されている植物によって、邪魔される周波
数(音域)と届きやすい周波数があります。届きやすい周波数は音の窓と呼ばれます。鳥
たちはその「音の窓」の音域で鳴いているようです。
地面や岩陰で鳴いていることが多いコオロギは、時には石の上で鳴きます。地面は音を
吸収するので、地面から少し上で鳴くほうが遠くまで届くのです。そのかわり、外敵に狙
われやすくなります。
クジラの声は、なんと海中数千キロメートルも届いているようです。ハワイ沖での録音
に、南極のクジラの声が入っていたことがあるそうです。水中での音は空気中よりはるか
に速く伝わります。さらに、海中には水深1000メートル付近に深海サウンドチャンネルと
言われる「音の窓」があるのです。これは水温の低下と水圧の上昇によって起こる現象で
す。大きなクジラの出す超低音は、この「音の窓」を通って遠くまで届いているらしいの
です。クジラはこんなに深くは潜れませんが、北極や南極では水温が低いために、この「
音の窓」が水面近くまで広がるのです。
よく「歌う」といわれるザトウクジラでは、地域によって歌の特徴が異なっていたり、歌
の流行があることも知られています。交配期に聞かれることから、オス同士の競争やメス
への誘惑に使われていると考えられています。海の中では想像を越えるスケールの恋の駆
け引きが起こっているのかもしれません。

<一般社団法人倫理研究所「職場の教養」誌に「野生の教養」というタイトルで掲載され
た文章を加筆・修正し、写真をつけました。>
南 正人:理学博士。麻布大学特命教授。軽井沢で15年間自然ガイド業を行った後、麻布
大学で13年間教鞭を取った。宮城県の離島・金華山でシカの研究を35年間続けている。
「森から海へ」評議員、NPO法人あーすわーむ代表理事。