【動物博士の生きものがたり】リスとクルミ

【動物博士の生きものがたり】リスとクルミ

リスとクルミ

 人間が貯金をするように、食料を一時的に保管する動物がいます。これは「貯食」と呼ばれ、巣などにたくさん貯める集中貯食と、いろいろなところに分散して貯める分散貯食があります。


 食料なら何でも貯食ができるわけではありません。栄養価の低い草や腐りやすい動物の肉は、あまり貯食の対象にならないようです。貯食に適しているのは、栄養価が高くて保存の利くクルミやドングリなどです。貯食場所は自分で覚えておかなければなりませんが、たくさん分散貯食すると覚えきれません。また、多くの動物がそれを盗もうと狙っているので、自分が最初に見つけるのもなかなか大変なようです。


 クルミは栄養価も高く、カシグルミは私たち人間にとってもご馳走です。しかし、クルミは殻が堅く割るのが大変です。オニグルミの殻は、スタッドレスタイヤに滑り止めとして混ぜられているくらいです。リスやネズミはこの堅い殻を破れる歯を持っています。彼らにとって、クルミの実は栄養価が高く、貯食できる重要な食料なのです。


 東京の多摩森林科学園の研究員・林典子さんらは、クルミに2グラムの発信器を付けて追跡して、リスの貯食について調査しました。それによれば、クルミは地面の落葉の下や、樹上の枝の間に分散して貯食されたようです。多くはクルミの木から15メートル以内に貯食されましたが、中には160メートル離れたところに運ばれたものもあったそうです。


 研究をした秋、全部で156個のクルミが運ばれ、そのうち42%(65個)はすぐに食べられ、58%(91個)は貯食されたそうです。91個の隠し場所は、地上に47個、樹上に44個でした。そのうち61個は後でリスが食べ、19個はアカネズミに盗まれ、樹上から落下した8個と地面にあった3個は、結局5月まで放置され発芽したそうです。


 この研究で分かったのは、「リスの貯食はかなり成功している」「しかし、盗まれたり、食べられずに発芽したりすることもある」ということでした。クルミの立場からすれば、多くの実ははリスに食べられるという損失を受けたものの、一部の実は遠くまで運んでもらい、落葉の下で発芽するチャンスを得たことになります。クルミとリスは、貯食を通じて相手を利用し合っている関係にあるのです。


<一般社団法人倫理研究所「職場の教養」誌に「野生の教養」というタイトルで掲載された文章を加筆・修正し、写真をつけました。>

南 正人:理学博士。麻布大学特命教授。軽井沢で15年間自然ガイド業を行った後、麻布大学で13年間教鞭を取った。宮城県の離島・金華山でシカの研究を35年間続けている。「森から海へ」評議員、NPO法人あーすわーむ代表理事。

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