[動物博士の生きものがたり]道具を使う海の人気者:ラッコ

[動物博士の生きものがたり]道具を使う海の人気者:ラッコ

 

ラッコは、海を生活の場とするイタチ科の動物です。漢字では、海獺と書きます。海のカワウソ(獺)ということです。ラッコは、一時は全国の水族館や動物園で100頭以上も飼育され人気者になりました。しかし、アメリカの輸出禁止策で新規の飼育ができなくなり、国内で飼育されていたラッコも老衰などで死亡し、2025年には鳥羽水族館にいる2頭だけとなりました。ラッコは、北アメリカ大陸から千島列島の沿岸にかけて生息していますが、日本では20世紀初頭に絶滅したと考えられていました。近年、北海道東部で目撃があり、モユルリ島(根室市)や霧多布岬(浜中町)などで繁殖も確認されるようになったそうですが、東北地方ではほとんど目撃がありません。しかし、2018年に三陸の牡鹿半島の沖でラッコが目撃されました。左目が白く濁っていることから、2008年に同所で目撃された個体と同一である可能性も指摘されています。 

ラッコは、海に浮かんで、お腹の上に石を置いて、それに貝をぶつけて割って食べるところが有名になりました。海に棲む動物で道具を使う動物はラッコだけです。しかも、ラッコは気に入った石を前足の懐の皮膚のたるみに入れて保管し、次に貝を割る時にも使ったり、貝を岸壁の石にぶつけたり、かなり高度な行動をします。ある動物園では強化ガラスに貝を叩きつけすぎて、強化ガラスにヒビをいれてしまったそうです。夜間には、コンブなどの海藻を体に巻きつけて流されないようにして眠るなど、興味深い生活をしています。ウニ、アワビ、カニ、イカ、二枚貝などの栄養価の高い食料を大量に食べ、冷たい海水に熱を奪われないように体温を保っています。

ラッコのもう一つの特徴は哺乳類でもトップクラスの体毛の密度です。鳥羽水族館の設立者の中村幸昭さんの著書では、太く長いガードヘアと、アンダーファーと呼ばれる非常に細い綿毛の2種類があり、一本のガードヘアに対して70本のアンダーファーが一つの毛穴から生えていて、全身で8−10億本にもなるそうです。そして、その密度はアザラシの2倍だそうです。一方で、皮下脂肪がほとんどありません。ですから、体毛を常に清潔に保って全身の毛に空気を貯めて体温の低下を防がなくてはなりません。そのため、ラッコは長い時間をかけて毛繕い(グルーミング)をしています。柔らかい体のおかげで、全身をくまなく毛繕いすることができます。

そして、この豪華な食事メニューと良質な毛皮が、ラッコの運命を左右することになります。良質な毛皮を取るために乱獲され、カナダのブリティッシュコロンビア州やアメリカのワシントン州などのラッコは絶滅し、日本でもほぼ絶滅してしまったのです。その後、野生動物の保護の意識が広まり、保護政策が取られました。日本でも、なんと明治45年に「臘虎膃肭獣猟獲取締法(らっこおっとせいりょうかくとりしまりほう)」という法律ができて、保護されるようになりました。 ラッコはウニやアワビを食べるために、漁業者からは「害獣」として嫌われました。ところが、ラッコと海洋生態系との関係の研究が進むと、ラッコとウニ、そしてコンブの3者の関係がわかってきたのです。ラッコが激減すると、ウニが増えて、コンブが食べ尽くされて磯焼けが起こります。コンブが減るとコンブの森で生活していた稚魚などが居なくなり、さらにコンブによるCO2の吸収が減少し地球温暖化に影響する可能性があるのです。つまり、ラッコがある程度生息していることは、海の生態系、そして温暖化対策にとって重要なことだったのです。 しかし、さらに、人間の関与を絡めるとさらに複雑なことになります。ウニは人間にとっての重要な漁業資源です。ラッコが増えすぎて、ウニが取れなくなってしまっては困ります。特に、稚ウニや稚貝を放流して育てているところでは、経済的な損失は大きくなります。一方で、コンブも重要な漁業資源です。つまり、その地域でどのような漁業資源を利用しているかによって、何を保護するのかが異なり、それによって、ラッコと生態系は大きな影響を受けるというわけです。

ラッコを含めた海の生態系を健全に保ちながら、人間が漁業資源を確保するには多くの課題があります。現在では、ラッコをエコツアーの素材に使うことでラッコの生息から経済的な価値を生み出して地域に還元する試み、磯焼けで身の詰まっていないウニの陸上での養殖の試みなどが行われているようです。漁業者が単一の漁業資源に依存するのではなくウニやコンブ、そしてコンブの森から得られる他の漁業資源をトータルに利用するような仕組みも必要だと思います。野生動物と生態系を保全しながら、地域の経済を守るためには、まだまだ工夫が必要です。

2025年12月には北海道で、海水温の上昇でウニが大発生し、磯焼けが拡大し、コンブが記録的な不漁となったことが報道されました。今後コンブの分布域が北海道からさらに北や東に移動し、北海道でコンブが採れなくなる可能性があるそうです。もっと大きな、そして深刻な変化が始まっているのかもしれません。 (写真は、AIで作成したラッコです)

 

 南 正人:理学博士。麻布大学特命教授。軽井沢で15年間自然ガイド業を行った後、麻布大学で13年間教鞭をとる。宮城県の離島・金華山でシカの研究を35年間続けている。 「森から海へ」評議員、NPO法人生物多様性研究所あーすわーむ代表理事。

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