オシドリはおしどり夫婦ではない

仲の良い夫婦をおしどり夫婦と呼びますが、実はオシドリはおしどり夫婦ではありません。子育てが始まると、雄は別の新しい伴侶を求めて去ってゆきます。

 小鳥たちでは、卵から孵った雛は目も開いておらず、羽毛もほとんど生えていません。雛は自分では餌を取ることができません。雛の羽毛が生え揃うまで親鳥が雛を抱いて温め、餌を与えます。

 ところが、カモやチドリの仲間では、雛は卵から孵った段階ですでに目も開き羽毛も生えそろって、まるで毛玉のように見えます。毎年初夏の風物詩のように報道されるカルガモの親子の行進を思い浮かべていただければ、羽毛の雛をご理解いただけるでしょう。雛は生まれてすぐに自力で移動できるし、餌をついばむこともできるのです。親の役割は、餌のあるところに雛を連れて行くことと、雛を外敵から守ることです。

オシドリの場合も子育ては片親でもなんとかなるのです。いかに自分の子孫をたくさん残すかと考えた時、子供たちの養育をペアの相手に押し付けて、自分はもう一度繁殖すれば、もっとたくさんの自分の子供を残せます。もし自分が手伝わないことで1回目の子供がキツネに少々食べられてしまっても、次の繁殖でそれを上回る子供が残れば良いのです。オシドリの場合、雌が卵を抱き始めると雄はサヨナラしてしまうのです。そして、雄は次の繁殖相手の雌を探し始めるのです。

オシドリでは、雄は雌に自分の魅力を伝えるために派手な色をしていますが、雌は雄に比べるとずっと地味な色をしています。できるだけ外敵に見つからないようにすることで、自分と雛たちの危険を少なくしようとしているのです。

 雄の協力なしでヒナを育てる雌は大変ですが、オシドリの場合、雛も大変です。オシドリの巣は、木の高いところの穴にあって、お腹が減っても母親は餌を運んできてくれません。母親は、木の下で巣立ちを促すようにピーピー鳴くだけです。卵から孵ってまだ24時間以内の雛たちは、ペンギンのような小さな翼を必死に動かしながら、時には地上5mもの高さから落下して行くのです。それが、巣穴から新しい世界への旅立ちなのです。

 

<一般社団法人倫理研究所「職場の教養」誌に「野生の教養」というタイトルで掲載された文章を加筆・修正し、写真をつけました。>

オシドリ