チャチャ日記 6

チャチャを飼い始めてから半年が経ち、そろそろアウトドアデビューさせてみようかと思い始めた。
これまでに僕はセネ・チャッピー・トトと3匹の犬を飼って、それぞれに海山川でのアウトドアを体験をさせてきた。
崖から転落して悲鳴を上げたセネ、登山道から滑って木の根にぶつかったチャッピー、アウトドアでの体験はそれなりにハードなものだった。
転覆隊長が飼犬なのだから多少痛い目に合っても仕方ない。
3月下旬、チラホラと花の便りが聞こえてきた頃、僕はチャチャをロッククライミングに連れ出すことにした。
場所は栃木県の鹿沼岩山である。
標高328mの低い山だがゴロゴロした岩が乱立しその間を鎖やロープを辿りながら歩くルートはスリルがある。
チャチャがどこまで歩けるか楽しみである。
鹿沼岩山への登山道は日吉神社の脇から始まる。杉林の中をしばらく歩くと楢の木ばかりの広葉樹林帯に変わる。
若葉が芽吹いていないので枯れ木だらけの茶色い世界。分厚く堆積した落ち葉をザクザクッ踏みしめながら歩いていく。
鹿沼岩山にはいくつかのピークがあり一番岩、二番岩、三番岩などの名前が付いている。
三番岩から見る景色は爽快だった。
村や田園の風景がまるでテーブルの上のジオラマのように見える。
二番岩に向かう途中で雪が降り始めた。もうすぐ4月だと言うのに雪が降るとは予想外だった。
歌舞伎の紙吹雪のように灰色の空から舞い降りてくる雪片。低山を歩いているのに北アルプスにいる気分になった。
多少の岩場は爪を立てて登ったチャチャも鎖場となるとそうはいかない。
岩の上に僕が運び上げるしかない。
午後になっても気温は上がらなかった。吐く息は真っ白で指先は凍るように冷たかった。ふと気が付くとチャチャがガタガタ震えているではないか。
毛皮を着ているのに寒いはずないと思い体に触れてみると雪が溶けてびしょ濡れになっている。
「これはマズイ!」と慌てて、背中のザックの中に入れてあげることにした。
「甘いなぁ~、甘いなぁ~、隊長、チャチャに甘いよ!」と隊員たちが言う。
確かにこれまでの犬に比べると、かなり甘い対応である。歳をとってから犬を飼うと甘くなるのは仕方ない。
夜になるとしんしんと冷えた。
澄み切った群青色の空に鎌のように細い三日月が鋭く輝いていた。
この日、チャチャはひと口もドッグフードを食べなかった。大好きな鹿の生肉なのにひと口も食べない。
山の中に連れて来られて不安なのだろう。
ここに捨てられたらどうしよう?ご主人様がいなくなったらどうしよう?などと色々考えているのかもしれない。
テントの中で一晩一緒に過ごして僕とチャチャは信頼関係はさらに強くなった。
東京の我が家に戻ると、その途端「あ~~腹減ったぁ~~」と、いつものように鹿肉を夢中で食べたチャチャである。

執筆者

本田 亮 ほんだ りょう
CMプランナーとして、ピッカピカの1年生など数多くのキャンペーンを企画・制作してきた。
サラリーマン転覆隊隊長として、世界中の海山川を旅し、その体験をアウトドア雑誌などで連載中。
環境マンガ家として、様々な社会問題を取り上げ楽しくわかりやすく解説している。