【夢旅 062】ぽんずの初恋
恋しちゃったのよ~♪
ボクは初めて恋をした。いわゆる「初恋」。
初恋って不思議、そして、やっかいなもんだね。苦しいんだ、胸が。走ってもいないのになんだかずっとドキドキしっぱなしでさ、じっとしてらんなくてさ、いきなりダッシュしてみたりしてさ。って、思いっきり走ってんじゃん、ボク。
そう、自分が何やってんだかわからなくなるくらいとっ散らかってるんだよね、あの娘のことを好きになっちゃった瞬間から。
あと2ヶ月ちょっとで9歳(人間でいうと52歳くらい)のオジサンなのに、恋しちゃったのよ~♪ 好きになっちゃったのよ~♪
で、どのくらい好きかっていうと、胸のドキドキがダッシュのせいだってことにも気がつかないし、ねぎま先輩の鼻くそを舐めてあげちゃうくらい好き。普段そんなことしたら問答無用で殴られるってわかってるからしないけど、恋のせいで無謀なチャレンジをしてしまう。そのくらい好きってこと。恋は盲目。なんも見えね~。
ボクの初恋のお相手は山羊の「ミュゲちゃん」。フランス語で「すずらん」を意味する言葉なんだって。かーわーいーいーーーーー。
1歳の彼女は、人間でいうと今ハタチくらい。ボクとは親子ほどの年齢差があるけど、恋に歳の差なんてカンケーない、と信じたい。体の大きさにもかなりの差がある。バスと軽トラくらい違うだろうか。もちろん、彼女の方が大きい。ボクが乗っても壊れない。でも、そんなミュゲちゃんが大好き。
ところが、困ったことに恋敵がいた。それもすぐ近くに。そうなんだ、あろうことか、ホーリーのやつもミュゲちゃんのことが好きらしいんだ、1年以上も前から。ヤツが彼女と知り合ったのは去年の3月のこと。雪の中に佇む白い妖精のようなミュゲちゃんに一目惚れしたんだそうだ。けしからん。親子ほどどころか、おじいちゃんと孫ほどの年齢差じゃないか。いくらなんでもありえないだろ。ヤバイだろ。
まぁ、年上のオトコを一瞬で虜にするくらいミュゲちゃんが愛らしく魅力的だというわけだけど、雪の妖精は1年経ったいま、桜の天使になってますます可憐になった。そんな時にボクは彼女と知り合い、そして、誰かさんと同じく一発で胸をキュンと射抜かれてしまったんだ。
ボクもホーリーもミュゲちゃんに「好きです。付き合ってください!」と告白してはいない。怖くてできないんだ。だって、「ダメェェェェ~」って言われちゃいそうで…。だから、ボクたちは彼女の実家(那須の牧場)に挨拶に行った。
ん? チョット待て。なんか順番ぜんぜん違くね? まずコクってOKもらって付き合ってそこそこ時間経ってから実家に挨拶に行くのがスジってもんじゃね?
と、世間様からお叱りを受けそうなんだけど、居ても立ってもいられないから行っちゃったのだ。ボク “たち” は。そう、ふたりがん首揃えて行ったの。意味分かんないだろうけど、なぜか恋敵であるホーリーとふたりで行ったの。ミュゲちゃんの実家に。
そしたらね、いきなりお父さんが出てきたわけ。立派なツノと立派なヒゲがあって「-」の瞳で何も言わずに睨みながらズンズン近づいてくるわけ。すごい圧なわけ。怖ーーーーーーっ!
あ、唐突でごめん。前に書いたかもしれないけど、山羊の瞳がいつでも「-」になってる理由って知ってる?
実は、横長の四角い瞳孔は、山羊だけじゃなくて、羊や鹿、馬などの草食動物に共通する特徴なんだって。馬も山羊と同じ瞳孔なんだけど、馬の場合は、瞳孔の周りの虹彩(こうさい)の色が濃いから瞳孔の形が目立たないだけなんだ。
草食動物はいち早く敵(捕食者)を見つけないと食べられちゃうでしょ。そのためには視野が水平方向(左右)に開けていたほうが有利なんだよね。だから「-」の瞳孔なわけ。
山羊の目は人間の10倍以上回転することができて、50度以上の角度がついても瞳孔は水平を保てるんだって。だから、草を食べるために頭を下げても瞳孔は「-」のままで、広い視野を保ったまま。そして、山羊の視野は360度。前も後ろもぐるっと一周見えちゃう。だから、ボクもホーリーも迫り来るお父さんの視野から逃れることはできない。絶体絶命のピンチ。ヤバーーーーーーッ!
お前らのようなどこの馬の骨(ふたりとも馬ではないし骨でもないのだが…)だかわからないようなヤツにウチの娘はやらん。と言っているように見える目の前の山羊さま。実は、ミュゲちゃんのお父さんでもなんでもなく、同じ時期に生まれた男の子だったんだ。
なんという貫禄なんという凄みこれでハタチかよ、ってくらいの迫力でした。いきなり敬語になっちゃうくらいマジでビビリました。
そんな弱腰のボクたちを見て、生まれて間もない子牛が「モーーモーー」とひと言。これが「バーカバーカ」と聞こえたのはボクだけじゃないと思う。たぶん。
結局のところ、ボクたちはお父さんにもお母さんにも会うことができず、看板猫のタマさんに「どーも」と挨拶をし、牧場の美味しいソフトクリームをたくさん食べて帰ってきたのでした(食べるのに夢中で写真を撮り忘れた)。
牧場からの帰り際、悲しみに暮れるボクたちを地の底に蹴り落とすような話が追い討ちをかけた。なんと、ミュゲちゃんには結婚の話があったのだ。今年の秋頃に結婚して来春に出産する予定なのだという(山羊の妊娠期間は151日前後)。
ああ~、なんてこった…。ふたりまとめてフラれちゃった。まだコクってもいないし付き合ってもいないけど。
で、ミュゲちゃんの結婚相手、まだ決まってないんだって。
おいおい、なんか、そっちも順番が違うような気が…。
できたてホヤホヤのボクたちの傷を知ってか知らずか(たぶん知らない)、ミュゲちゃんは、雪が残る那須の山を文字通り「横目」に見ながら草を食み、久しぶりの実家の味を楽しんでいるのでした。めでたしめでたし(泣)。