【夢旅 063】栗鼠が吠える朝に

 

 

 

バイバイ、Kanaサン

ボクがあの人と初めて旅をしたのは、真冬の北海道。バカみたいに雪が降るクソ寒い旭川だった。平日の午後、待ち合わせ場所の旭川空港の到着ロビーに、雪を見るとテンションが爆あがる子犬のような満面の笑みで、あの人はボクの前に現れた。ボクはといえば、猫なのになんでこんなクソ寒いときに日本でも指折りのクソ寒い場所に来なければならないのか、しかも、好きではない飛行機になんか乗って、と、テンション爆さがりの仏頂面だった、と思う。ともすると、なんかの拍子に「シャーッ!」と言ってしまいそうなくらい不機嫌だったのは確かだ。しかし、あの人はボクのテンションなどまるで意に介さない明るさで、「寒いね~!」と、とてもうれしそうに言ったんだ。まったく、どうかしてるよ。

旅の数日前に初めましての挨拶をしたばかりで、旭川では2度目のご対面。それなのに、もう何度も一緒に旅をしているような気やすさで接してくるあの人の人懐っこさとなんとも言えない柔らかさに、ボクは一瞬で引き込まれてしまった。ほんの数秒であの人の笑顔がボクの笑顔になった。

あの人とは「Kanaサン」。ボクの大切な旅のトモダチだ。開けっぴろげでよくしゃべり、猫が大好きな人だ。ただ、一緒に暮らす猫に「にゃんこ」なんていうそのまんまのベタな名前をつけるような雑なセンスの持ち主でもある。でもまぁ、一緒にいてとても和める楽しい人だ。

ボクたちはその日の夜、相変わらず雪が降るクソ寒い旭川の街でジンギスカンや寿司、鹿ジャーキーなど、肉や魚の話をした。ボクは猫だから肉食、Kanaサンは基本的に野菜を食べないから、食べ物の話となると必然的に肉や魚の話になって大いに盛り上がる。
また、お互いに旅好きなので、Kanaサンが毎年行くという美瑛での動物の足跡探しの話や、ボクが歩いて旅した四国お遍路の話などでこれまた盛り上がった。
まだ会うのが2回目だというのに、お互いにもう何度も一緒に旅をしてきたトモダチのように打ち解けあっていた。
宿への帰り道、雪の吹き溜まりの上にダイブして二人とも雪に埋もれ、しばらく大笑いしながら寝転んだままでいた。ご苦労なことである。

翌日、Kanaサンは「アタシは美瑛に行って雪原で美味しいコーヒー飲んでくるね~。」と言って1両編成の富良野線の列車に乗ってさっさと行ってしまった。「ぽんずさんも今度一緒に行こうね~!」と誘ってくれたが、ボクは雪の上を歩くなんてまっぴらゴメンだから、曖昧に笑って流しておいたことは言うまでもない。

その後、Kanaサンと遠くは北九州、近くは青梅や千葉などを旅した。
そして一昨年、ホーリーの写真展「風の犬たち」の伊豆高原での展示を観にきてくれたときは、「アンタ(ホーリーのこと)いったい何がやりたいの? これじゃあ何がやりたいんだかさっぱりわかんないじゃない!」と、こっぴどくダメ出しをして、「とりあえず入口と出口を逆にしなさい。」と指示出し。シュンとした顔でホーリーがおとなしく指示に従っている姿をボクは横でニヤニヤしながら眺めていた。
Kanaサンの愛の(?)ムチ、ホーリーには効果絶大みたいだよ。もっとぶってぇ~!

伊豆高原でもKanaサンとボクはいろんな話をした。特に印象的だったのは、「ぽんずさん、リスって吠えるんだよ。」のひと言。
リス、いわゆる「栗」などの木の実を食べる「鼠」のように小さな動物。彼らが吠えるなんてボクは思ってもみなかったから、最初は絶対にボクをからかっているのだと思った。
でもね、動画を観せてくれたんだ。ユーチュールっていうのかな、いや、ユーチューブだったか。とにかく観せてくれたんだ、リスが木の上で犬みたいに「ウォウ、ウォウ」って吠えながら足元をバンバン叩いてる動画を。それを観たら笑いが止まらなくなっちゃってさ。繰り返し動画を観ては二人してウォウウォウ真似して大笑い。楽しかったなぁ。

翌朝、城ヶ崎海岸の駅のホームで二人並んで電車を待っていたら、向かいの木の上から聞こえてきたんだ。「ウォウ、ウォウ」って。リスはリアルに吠えていた。もしかしたら、ボクたち二人に向かって吠えていたのかもしれない。
その日、電車を降りると、Kanaサンは「アタシは温泉入ってくるからね~。」と言ってさっさと行ってしまった。さすがに「ぽんずさん、今度一緒に入ろうね~!」とは言わなかった。猫は風呂嫌いだから、断固拒否るけどね。

Kanaサンは柴犬が好きだった。特にモフモフプリプリのお尻に巻尾がくるりとなった後ろ姿が好きだと言っていた。ボクも柴犬のお尻が大好きだ。

今年のお正月が明けた頃、Kanaサンからの「ぽんずさーん、浅草に豆柴に会いに行こうよ。」との誘いを受けて一緒に浅草を旅したっけ。思いっきりわしゃわしゃするつもりで行ったのに、豆柴たちは思いのほか人見知りだった。なかなか近寄ってこず、わしゃわしゃどころか「わし」くらいしか触れ合うことができなかったんだ。30分1本勝負延長ナシという状況での豆柴たちの塩対応に困惑しつつ、「やっぱ通わなきゃダメなのかな~。アタシ常連になっちゃおうかな。」なんて、いつになく真剣な顔でKanaサンはそう言っていた。

翌日、Kanaサンから「柴犬カフェ上野にも見つけたよ。そっちは延長ありだって!」のメッセージ。Kanaサンの前向きな姿勢にはほとほと脱帽なのです。塩を溶かす白湯のような人だなぁ。

春、Kanaサンの病気が発覚した。がんだった。
ボクがたったひとりで桜が咲く伊豆高原を旅しているときにKanaサンは手術をした。
夜、Kanaサンからの「無事生還」のメッセージが届き、ボクはとてもホッとした。
数日後、今度は手術の痕を「見る?」とのメッセージが届き、ボクが冗談のつもりで「みる。」と言ったら、ホントにお腹の傷痕の写真を送ってきたんだよね。
まったく…。どこまで開けっぴろげなんだろう。でも、病気になってもどこまでも前向きでいつだって明るいKanaサンらしさに、ボクは心底安心したんだ。

でも…。

ゴールデンウィークが明ける直前、Kanaサンはボクがけっして一緒には行けないところに旅立ってしまった。Kanaサンからの最後のメッセージは「風邪ひかないで」だった。
おいおい、ひとの心配してる場合じゃなかったろ。まったく…。
Kanaサンは今ごろ、一緒に暮らしていた猫の「にゃんこ」と一緒に虹の橋を渡って、たくさんの花の中を旅してるんだろうなぁ。

ボクもまだまだ旅を続けるよ。
バイバイ、Kanaサン。夢の中で会えるといいね。
そして、いつかまた、一緒に旅をしようね。