【夢旅 022】 桜咲くノスタルジックジャーニー

 

 

 

 

 

全力昭和、珠玉のバスタイム

今回、ボクは断固として夢旅を拒否した。なぜかって?
それは、行き先が風呂だから。猫が風呂?  行くわけないでしょ。自慢じゃないけど、ボクは生まれてこのかた一度だって風呂ってものに入ったことがない。風呂なんか入らなくたって、いつもキレイな体でいられるんだよ、猫だから。ほぼ全身クマなく自分でグルーミングできるんだ。だから、今回の夢旅はホーリーにひとりで行ってもらうことにしたんだ。
ヤツは風呂が大好きで、いつも長いこと湯に浸かって本を読むもんだから、ウチにある本はみんなページがベロベロになって分厚くなってる。もちろん売れるわけない。

さて、ボクが拒否した風呂への旅は千葉の茂原ってとこ。ここにはまるで昭和の頃から時間が同じところをぐるぐる回ってるような銭湯があるってことをホーリーが調べ当てたんだ。なんの変哲もない住宅街の一角にひっそりと佇む小さな銭湯。そこが今回の旅の目的地。

さぁ、ホーリー、ひとりで行くがよい!

大きな桜の木があるからなんだろうね、その銭湯の名は「桜湯」。もう入口からして全力で昭和を物語ってる。すりガラスに手書きされた「男」も文字。入口の横には「入れ墨の方の入場はお断り致します」の張り紙が。もちろん手書き。
夕方の6時。入口の扉に夕陽があたって、昭和感5割増し。ぽんずさんは平成生まれだから知らないだろうけれど、この銭湯はもう半世紀以上この場所で何も変わることなく静かに佇んできたんだろうなぁ。数えきれないほどたくさんの人がガラガラと音がする木の扉を開けて、「こんにちは」とか「こんばんは」とか「おう」とか「どうも」なんていいながら入って行ったんだろうな。いまの風呂代は400円だけど、50年前はいくらだったのかな。

なんて懐かしさにほんわかした気持ちで中へ入ると、男湯と女湯の間には期待通りに番台があって、そこには期待通りのおばちゃんがちょこんと座ってた。いまでこそ日帰り温泉なんかの風呂場には当たり前のようにシャンプー、リンス、ボディシャンプーといったお風呂セットが置いてあるけれど、ここにはそんなものはないから、番台で3つを購入。小さな容器に入ったこれらも昭和感たっぷりの逸品だ。なんだか泣きたくなるほどうれしくなる。
脱衣カゴは籐のようなもので編んだ丸いカゴ。四角じゃなくて「丸」ってところがまた昭和で泣かせる。そして、鉄でできた大きくて頼りになる体重計。なぜか「さぁ計るぞ!」って心を定めて体重計に乗る。自分の重さの分だけ針が時計回りにぐるっと回るんだけど、ピタッと止まることはない。乗ってる本人が動くもんだから、針もプルプル震えちゃうんだ。針が指し示す数字もざっくりと◯○kgといったもので、デジタルみたいに小数点以下の数字が出ることはない。でも、この体重測定というか、体重計に乗るっていう行為は、それ自体、銭湯における入浴前の重要な儀式なんだよね。これをやらないと風呂に入れない。

入浴前の儀式が済んで浴室に入ったら小学生の頃の自分になってた。
床のタイル、浴槽の上の壁に描かれた富士山、ケロリンの黄色い風呂桶、赤と青2つのカラン。なにもかもが自分が小学生だった昔のまんま。風呂は熱湯かと思うほど熱く、足先をちょっとつけただけでも飛び上がっちゃう。水を入れるとおじさんが怒るんだよね。風呂の中で動いてもおじさんは怒る。
めちゃくちゃ暑い湯が揺れると刺すような痛みが全身を襲うんだよね。だから怒る。おじさんも熱いのをガマンして入ってるんだ。でも、子供は風呂の中でじっとしてはいない。浴槽と浴槽の間って、仕切りの下の方がくり抜かれていてふたつの浴槽がつながってるんだ。で、子供は、潜って穴をくぐって浴槽間を移動する。そうするとお湯がめちゃくちゃ動く。おじさん痛いほど熱くなる。おじさん怒る。子供、また潜って隣の浴槽に逃げる。お湯、さらに揺れる。おじさんやっぱり怒る。そんなことの繰り返し。

床に腹ばいになって浴槽を蹴って、どんだけ遠くまで滑るか競うのも銭湯での楽しい遊び。何人もの子供が並んで床を滑る。体を洗ってる途中、石鹸で泡だらけの体でこれをやるととんでもなく遠くまで滑るんだ。浴室の入口近くまで滑って行っちゃうこともあるんだよね。邪魔なことこのうえなかっただろなぁ。(良い子はけっしてマネをしてはいけません。)

風呂からあがったら、楽しみなのは冷たいドリンク。昭和のあの頃もコーヒー牛乳が人気だったけれど、僕はリンゴジュース派だった。たぶん果汁なんか入ってないだろう透き通った紅茶のような色の甘酸っぱい液体。風呂あがりのドリンクは毎回じゃなく、ごくたまにしか飲めなかったような気がする。だからなおさら美味しかったのかもしれないね。

濡れた髪の毛を乾かそうと思ってドライヤーを探したら、ドライヤーのそばに小さな金属の箱が置かれていて、マジックで「1回10円」と書かれていた。桜湯、どこまでも昭和だぁ。
けっして裕福ではないけれど、もしかしたら人も犬も猫も今より大らかで自由だったのかもしれないなぁ。昭和って時代は。良し悪しは別にして、昭和ってやっぱりどうしようもなく懐かしい。

今回の夢旅にぽんずさんを誘ったらものすごく嫌そうな顔でご機嫌ナナメになっちゃったけど、まだ怒ってるかもなぁ…。ぽんずさん、風呂で怒るおじさんより怖いんだよなぁ。
よし、鹿がたくさんいる千葉に来たんだから、お土産に鹿ジャーキーを買って帰ろう。